大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)215号 判決 1995年12月26日

香川県木田郡三木町大字平木166番地2

(旧住所 香川県高松市亀田町205番地8)

原告

山本拡

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

酒井徹

上野忠好

西村敏彦

幸長保次郎

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第12295号事件について平成5年10月12日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年11月5日、昭和54年第129589号特許出願の変更出願として、名称を「水上エレベーター装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和63年特許願第280076号)したが、平成4年5月20日拒絶査定を受けたので、同年7月3日審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成4年審判第12295事件として審理した結果、平成5年10月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月16日原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

シリンダーF及びピストンP8、P9を物体Aとし、該物体Aと重錘W間に滑車E1を設けた装置であり、物体Aの下死点においては、シリンダーFとピストンP8、P9間を気体保持の状態で物体Aは重錘Wより軽く、物体Aの上死点においては、シリンダーFとピストンP8、P9間を気体排除の状態で物体Aは重錘Wより重く構成し、物体A上死点と下死点の間で発生するエネルギーを重錘Wに得ることにより物体A、重錘Wの昇降を自在に構成してなる水上エレベーター装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明は、平成5年7月22日付けの手続補正書で補正された明細書及び図面の記載からみて、「水上エレベーター装置」に関するものと認められる。

これに対して当審において、平成5年5月10日付けで拒絶理由を通知し、本件出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法36条3項及び4項(昭和60年法律第41号によるもの)に規定する要件を満たしていないとして、その点を次のように指摘した。

「本願発明の目的を達成する為の、技術手段が明確に記載されていない。(例えば、交叉リンクA1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係。水室P11の伸縮機構。重錘係脱装置D1の構成と作用。管材部Fと気密室F1との関係及び構成等)」

この拒絶理由に対して、請求人(原告)は、平成5年7月22日付け手続補正書で、全文訂正明細書及び図面を提出している。

(2)  そこで、この補正により、前記拒絶理由で指摘した点が解消したか否かを検討する。

同手続補正書には、例えば、その26頁から28頁に〔水室〔P11〕の伸縮機構〕を記載しているが、依然として水室の伸縮機構の具体的技術的手段が不明瞭である。

また、ピストンとシリンダーを上昇させるために浮力を利用しているが、前記手続補正書の16頁1行目に「高圧の空気を注入すれば浮力を増加させ上昇の加速も容易」と記載しているように、重量のあるピストンとシリンダーを上昇させるためには、高圧の空気を注入等、装置外からのエネルギー供給が不可欠と認められる。

そして、前記補正書1頁に記載されているような、本願発明の目的である、装置外からエネルギーを与えずして、「自然に存在する水、空気、重力などの物質及び作用を利用して水中及び大気中の重錘Wまたは滑車E1にエネルギーを得る」ことは、現代の科学技術をもってしては説明しきれておらず、依然としてその技術手段が不明瞭のままである。

更に、前記拒絶理由において指摘した、その他の点に関しても解消されていない。

以上のとおりであるから、本願は、前記手続補正書によるも、当審で通知した拒絶の理由によって拒絶をすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認め、同(2)は争う。本願は、平成5年7月22日付け手続補正書で補正された明細書及び図面(甲第6号証。以下「本願明細書」という。)によっても、同年5月10日付け拒絶理由通知で指摘した点が解消されていない旨の審決の認定、判断は誤りである。

(1)  交叉リンクA1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係について

本願明細書の第2図(以下、本願明細書の図面については別紙図面参照)には、ピストンP20と上部シリンダーP1の底面開口部P3が接触していることが示されており、本願明細書には、「リンク装置〔A〕の開閉制御は、上部シリンダー〔P1〕底面〔P3〕とピストン〔P20〕底面開口部〔P3〕の脱着によって自在とさせ、開閉弁〔F15、16、10〕の開閉自在であることによって上部シリンダー〔P1〕底面開口部〔P3〕とピストン〔P20〕の脱着が自在に構成する。」(24頁14行ないし19行)と第2図のことについて記載されている。また、本願明細書には、「上部シリンダーP1は引き上げられる。この際、交差リンクA2の上枢支部A3、A3とピストン杆A8間にはリンクA5、A5が枢着されているので、ピストンP20は上部シリンダーP1の底面側に押し下げられ、該底面の開口部P3は閉じられる。」(5頁1行ないし6行)、「この際上部シリンダーP1上部の開口部A7からピストンP20の上面側に空気を吸入する。」(5頁13行、14行)、つまり、ピストンP20の上面は1気圧であること、「シリンダーF上部の係止突起F7から係脱装置D2の係止腕杆D27が離脱すれば、シリンダーFとピストン部Pは一体となって下降し重錘Wは上昇する。」(8頁10行ないし13行)、「該開閉弁〔F15〕の弁頭側が水面附近に設けた制止板〔K8〕に当接時、開状態とさせ、離脱時閉になる構成とさせ、」(25頁12行ないし14行)、つまり、シリンダーFとピストン部Pが制止板K5を離れた時点で、開閉弁F15は閉じて大気と気密室F1は断状態にあることが記載されており、当然ピストンP20と上部シリンダーP1の底面開口部P3に気密室F1から空気が流れない。

以上のとおりであるから、審決が、本願明細書には、交叉リンク1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係を示す技術的手段が明確に示されていないと認定したのは、交差リンクの機構を誤認したものであって誤りである。

(2)  水室の伸縮機構について

水室〔P11〕の伸縮機構については、本願明細書に、「水〔H〕中上下方向凹部背合状のシリンダー隔壁〔F4〕を境に水室〔F2〕、下部シリンダー〔F3〕を設け、該水室〔F2〕に上ピストン〔P8〕、下部シリンダー〔F3〕に下ピストン〔P9〕を各々上下方向に摺動自在に設け、シリンダー隔壁〔F4〕とピストン〔P8〕に水室〔F2〕、シリンダー隔壁〔F4〕と下ピストン〔P9〕間に気密室〔F1〕、下ピストン〔P9〕、下部底面に固定板〔P10〕を下ピストン〔P9〕の各々の側面をダイヤフラムを張設したダイヤフラム水室〔P11〕を設け、前記シリンダー隔壁〔P4〕と下ピストン〔P9〕間を複数の連結管で伸縮自在に各々連結させ、水室〔F2〕とダイヤフラム水室〔P11〕と連結棹〔P6.7〕が水密且つ連通自在に構成させ、ピストン〔P8.9〕昇降自在によってピストン〔P8〕上面とダイヤフラム水室〔P11〕の固定板〔P10〕底面に水〔H〕が回動自在でダイヤフラム水室〔P11〕の容積が増減自在で、気密室〔F1〕の空気が大気〔O〕中と気密且つ吸排自在に構成したダイヤフラム水室〔P11〕伸縮機構」(27頁1行ないし28頁1行)と記載され、第1図から第4図までに気密室F1と水室F2、ダイヤフラム水室P11等の変化する状態について記載している。そして、本願明細書の9頁5行ないし14行には、重錘WはシリンダーFとピストン部Pの自重で引き上げていること、10頁9行ないし12行には、ピストン部の自重によって固定板P10の外部底面の水を排除することによって水面は当然上がり、ピストン部Pが下降することによって、第4図のように気密室が膨らむこと、12頁15行ないし13頁末行には、エネルギー供給が不可欠でない理由がそれぞれ説明されている。

したがって、水室の伸縮機構の具体的技術的手段が不明瞭である旨の審決の認定、判断は誤りである。

(3)  シリンダーとピストンを上昇させる手段について

本願明細書には、「前記シリンダーFとピストン部Pが一体となって下降しているときに重錘Wは上昇している。」(9頁5行、6行)、「従ってシリンダーFが下死点位置で気密室F1に空気が保持されている場合、気密室F1の浮力は3m3の空気であるから3tonの浮力が発生することとなり、(シリンダーF3ton+ピストン部P3.5ton)-浮力sh3ton<重錘W4tonである」(11頁16行ないし12頁4行)と、シリンダーFと浮力sh3tonが相殺することを記載しており、重錘Wは4tonであって、ピストン部P3.5tonより重錘W4tonが500kg重いから、ピストン部PとシリンダーFは滑車E1を支点に重錘Wの下降によって上動することを説明している。これによって、重錘WをシリンダーFとピストン部Pの自重で引き上げることが説明できる。

また、本願明細書の「前記シリンダーFとピストン部Pが一体となって下降している時に重錘Wは上昇している・・・この時点で重錘Wは上死点に至っており、係脱装置D1の係止腕杆D16が重錘Wの突起W1を係止する。」(9頁5行ないし14行)、「シリンダーFはストッパーK7により当接して止まり」(9頁15行)との記載によれば、シリンダーFのストローク下死点で重錘Wを上部係脱装置に係止するのであるから、ピストン部Pは重錘Wとは無関係に下降することが明らかにされており、さらに、本願明細書は、「ピストン部Pが下死点に至る前に、固定板P10の下部側の水は、水面からピストンP8までの水圧と、水室F2の水圧と、ピストン部Pの自重により排除される。」(10頁9行ないし13行)と明確にピストン部の自重によって固定板P10の外部底面の水を排除し、それによって水面は当然上がり、ピストン部Pが下降することによって第4図の如く水面が上がった水の量だけ気密室F1が膨らむことを説明している。この点は、12頁15行ないし13頁末行に、具体的数値を示して、エネルギー供給が不可欠でない理由を説明している。さらに、本願明細書には、「以上のように本発明は、シリンダーF及びピストンP8、9を物体Aとし、該物体Aと重錘W間に滑車E1を設けた装置であり、物体Aの下死点においては、シリンダーFとピストンP8、9間に気体保持の状態で物体Aは重錘Wより軽く、・・・物体A、重錘Wの昇降を自在に構成してなる水上エレベーター装置であるから、」(14頁9行ないし19行)と記載され、物体Aすなわちピストン部PとシリンダーFが滑車E1を支点に重錘Wと係合吊設しているから、重錘Wが下降することによってピストン部PとシリンダーFが上がることが第1図ないし第4図の記載を参照すれば理解できる。

以上のとおり、本願明細書には、シリンダーとピストンを浮力を用いることにより、外部からのエネルギーの供給なしに上昇させる技術手段を当業者が容易に実施し得る程度に開示している。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断に誤りはない。

2  反論

(1)  交叉リンクA1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係について

本願明細書には、「シリンダーF上部の係止突起F7から係脱装置D2の係止腕杆D27が離脱すれば、シリンダーFとピストン部Pは一体となって下降し重錘Wは上昇する。」(8頁10行ないし13行)、「シリンダーFはストッパーK7に当接して止まり、・・・次いでワイヤーA6を介してリンク枢支部A12、A12間が狭まり、ピストン部Pの下降によって、・・・またピストン部Pが下死点に至る前に、固定板P10の下部側の水は、水面からピストンP8までの水圧と、水室F2の水圧と、ピストン部Pの自重により排除される。」(9頁15行ないし10頁12行)ことが記載され、それに関連して第3図が示されている。

しかしながら、本願明細書の第2図におけるリンク部材A1ないしA8において、ピストン部PとシリンダーFが一体となって下降すると、ワイヤーA6、A6に連結された2本のリンクの下部枢支部A4、A4はピストン部P及びシリンダーFの重量により下方へ回動する。さらに、下部枢支部A4、A4の回動に伴い、交差リンクA2、A2が中央枢着部A1を中心として回動し、上部枢支部A3、A3が狭まる方向へ回動すると共にリンクA5、A5が下方へ移動し、ピストン杆A8を下方に押し下げるものと認められるから、第3図に示されたリンク装置Aの状態にはなり得ない。

したがって、本願発明の目的を達成するための、交叉リンクA1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係を示す技術的手段が明確に記載されていない。

(2)  水室P11の伸縮機構について

本願明細書の第3図から第4図によると、ピストンP8及びP9がシリンダーとは別に下方へ移動し、ダイヤフラム室(水室)P11の容積を膨張させているが、本願明細書の8頁10行ないし13行に、「シリンダーFとピストン部Pは一体となって下降し」と記載しているように、ダイヤフラム室(水室)P11を膨張させて水室F2の液体をダイヤフラム室(水室)P11に移動させ、結果として気密室F1を膨張させるためには、ピストン部Pを下方に移動させるための手段あるいは気密室F1に別途強制的に空気を注入するための手段が必要と考えられるが、本願明細書には、前記手段を必要とする旨の記載はなく、何故ピストンP8及びP9のみがさらに下降し、ダイヤフラム室(水室)P11の容積を膨張(水室の伸縮機構)させるのかその根拠が明確に記載されておらず、第3図に示されたピストジP8、P9の位置が、他のエネルギーを必要としないでどうして第4図に示される位置になるのか不明である。

したがって、本願発明の目的を達成するための、水室P11の伸縮機構に関する技術的手段が明確に記載されていない。

(3)  シリンダーとピストンを上昇させる手段について

本願明細書の14頁1行ないし7行に「ピストン部Pの下死点において、シリンダーFの上昇が始まり、下部空気制御器F31の制御弁F16が架台の斜面K4から離脱し、更にシリンダーFが上昇して上部空気制御器F30の制御弁F15が架台底面K8に当接する。この時点で重錘Wは下降が始まっており、この行程を1サイクルとして繰り返し稼働するものである。」と記載されているが、下死点にあるシリンダーがピストンとともに、何故第4図に示される位置から第1図に示される位置まで上昇するのかについて明確に記載されていない。

したがって、第4図に示された状態から第1図に示された状態になるように、他のエネルギーを必要としないでどのようにしてシリンダーF及びピストンPを上動させるのか、その技術的手段が不明である。

(4)  以上のとおりであるから、本願は、平成5年5月10日付けで通知した拒絶の理由によって拒絶すべきものであるとした審決の結論に誤りはなく、原告の主張は失当である。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)、3(審決の理由の要点)、及び審決の理由の要点(1)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  本願明細書(甲第6号証)中の「本発明は自然に存在する水、空気、重力などの物質及び作用を利用して水中及び大気中の重錘Wまたは滑車E1にエネルギーを得ることを目的としている。従来の機械装置は何等かのエネルギーを必要としている。そこで出願人は従来の固定概念を脱皮して何か社会に利益をもたらすことはないかと考えた結果、本発明に到達した。」(1頁17行ないし2頁4行)との記載によれば、本願発明は、装置外からエネルギーを与えないで、「自然に存在する水、空気、重力などの物質及び作用を利用して水中及び大気中の重錘Wまたは滑車E1にエネルギーを得ること」を目的としているものと認められるから、本願明細書に、上記目的を達成するための技術的手段が明確に記載されているか否かについて、以下検討する。

(2)<1>  本願明細書には、「シリンダーFが上昇し、上部空気制御器F30の開閉弁F15の弁頭が制止板K8の底面に当接した状態とする。この際、上部シリンダー空気室P2、空気路P4、気密室F1、連通管F14、上部空気制御器F30、連通管F11、連通管F17、伸縮自在の連結管F18が解放状態となり、連通管F13から連通管F12は下部空気制御器F31で閉鎖状態となっており、シリンダーFは申部係脱装置D2の係止腕杆D27に係止されている。上ピストンP8及び下ピストンP9等からなるピストンP部より重錘Wが500kg重いから、重錘Wは下降し、該重錘WとワイヤーE2により連結しているピストン部Pは滑車E1を支点に上昇する。即ち、一端を重錘Wに係止したワイヤーE2の他端と交差リンクA2の中央枢着部A1に係止されており、重錘Wが下降すればワイヤーE2を介して滑車E1を支点にリンク装置Aを引き上げる。交差リンクA2の上枢支部A3、A3が架台K6の下面に当接することにより上枢支部A3、A3間は拡がり、交差リンクであるから同時に下枢支部A4、A4間も拡がる。交差リンクA2の下枢支部A4、A4と上部シリンダーP1はワイヤーA6、A6によって連結されているので、上部シリンダーP1は引き上げられる。この際、交差リンクA2の上枢支部A3、A3とピストン杆A8間にはリンクA5、A5が枢着されているので、ピストンP20は上部シリンダーP1の底面側に押し下げられ、該底面の開口部P3は閉じられる。上枢支部A3、A3の間隔はどの時点においてもピストン杆A8の長さより狭まることはない。ピストンP20下面側の空気は、空気路P4、気密室F1、連通管F14、上部空気制御器F30、連通管F11、伸縮自在の連結管装置F17を介し吸排気口F18を通って大気中に排除される。この際上部シリンダーP1上部の開口部A7からピストンP20の上面側に空気を吸入する。重錘Wの下降時で、ピストン部Pも上昇時に、ピストン棒P7に固着した係脱棒の上突起P13も上昇するために該上突起P13の先端傾斜部が中係脱装置D2の支点D20を中心に擺動する腕杆D21の一端に軸着したローラーD22を前方へ押圧し、架台曲面K2より突出している係止ローラーD23をバネD24に抗して曲面K2線上より引き下げる。係止ローラーD23によって係止されていたローラーD29は解放され、支点D25を中心に回動する係止腕杆D27はシリンダーFの係止突起F7より離脱する。この時点でピストン部Pは下死点にある。」(3頁18行ないし6頁6行)と、ピストン部Pが交差リンクA2及び滑車E1を介して、重錘Wによって引き上げられ、気密室の空気が大気中に排出され、一方、交差リンクA2は架台の下面に当接することによって拡がり、やがてピストンPが上死点に達するまでの動作、つまり、水上エレベーター装置が第1図の状態(下部シリンダーFがストローク上死点にあって、その内部の上ピストンP8、下ピストンP9を重錘Wが引き上げる前の状態)から第2図に示された状態(重錘Wがストローク下死点にあって下部シリンダーFとピストンPが一体として下降する状態)に移る過程について説明されていることが認められる。

<2>  本願明細書には、「ピストン部Pが上昇時において、固定板P10下面側の水圧と重錘Wの自重によりピストンP8の上面側の水は上方向に排除され、ダイヤフラム室P11の水は伸縮自在の連結杆P6を介して水室F2に移動した状態にあり、ピストンP9により下部空気制御器F31の開閉弁F10は解放されて、下部空気制御器F31から上部空気制御器F30に通じる連通管F14は解放状態にある。シリンダーF上部の係止突起F7から係脱装置D2の係止腕杆D27が離脱すれば、シリンダーFとピストン部Pは一体となって下降し重錘Wは上昇する。」(8頁2行ないし13行)と、水上エレベーター装置の第2図における状態が説明されていることが認められる。

<3>  本願明細書には、「更にシリンダーFとピストン部Pは一体となって下降時に、シリンダーFの下部係止突起F8が下部係脱装置D3の係止腕杆D37を押圧し、支点D35を中心に回動するローラーD39が架台の曲面K3を上昇し、支点D30を中心に擺動する腕杆D31の一端に軸着されている係止ローラーD33を押圧し、ローラーD39がバネD38に抗して係止ローラーD33を乗越える。この時点でシリンダーFは下死点に至っており、係脱装置D3の腕杆D36がシリンダーFの下部係止突起F3を係止する。前記シリンダーFとピストン部Pが一体となって下降している時に重錘Wは上昇しているが、第6図に示すように、重錘Wの横方向に突出している突起W1が係脱装置D1の係止腕杆D17を押圧し、支点D15を中心に回動するローラーD19は架台の曲面K1に沿って下降しバネD18に抗して係止ローラーD13を乗越える。この時点で重錘Wは上死点に至っており、係脱装置D1の係止腕杆D16が重錘Wの突起W1を係止する。」(8頁14行ないし9頁14行)と、シリンダーFとピストン部Pが一体となって下降し、同時に重錘Wは上昇を続け、その上死点において係脱装置によって係止される、水上エレベーター装置の第3図における状態(シリンダーFとピストン部Pがストローク下死点にあって、重錘Wは上部係脱装置D1に係架されており、かつ、ピストン部Pが下部シリンダーF内の上支点から下降する前の状態)が説明されていることが認められる。

<4>  本願明細書には、「シリンダーFはストッパーK7に当接して止まり、下部空気制御器F31の開閉弁F16の弁頭は架台の斜面K4に当接して、連通管F13から下部空気制御器F31へ、下部空気制御器F31から連通管F12、上部空気制御器F30、連通管F14、気密室F1、空気路P4が解放状態になり、上部ピストンP20と上部シリンダーP1底面が離れることにより開口部P3は解放され、上部シリンダー空気室P2の空気は上部開口部A7から大気中に排除される。次いでワイヤーA6を介してタンク枢支部A12、A12間が狭まり、ピストン部Pの下降によって、上部係脱棒の突起P12は上部係脱装置D1のローラーD12に、係脱棒の下部突起P14が下部係脱装置D3のローラーD42に当接する。またピストン部Pが下死点に至る前に、固定板P10の下部側の水は、水面からピストンP8までの水圧と、水室F2の水圧と、ピストン部Pの自重により排除される。前述のように上部係脱棒の突起P12は上部係脱装置D1のローラーD12に、係脱棒の下部突起P14が下部係脱装置D3のローラーD42に当接することにより、重錘Wが解放され、同時にシリンダーFも解放される。ピストンP9と開閉弁F10の弁頭が当接し連通管F12を断状態とする。」(9頁15行ないし10頁19行)と、シリンダーFがその下死点でストッパーに当接して止まると、上部シリンダーP1への空気路が大気に導通し、上部ピストンP20は上部シリンダーP1から離れ、ピストン部Pが下降して気密室F1に空気が導入される、水上エレベーター装置の第4図に示す状態(下部シリンダーFがストローク下死点で、かつ、ピストン部Pはその下部シリンダーF内でストローク下支点にあって、重錘Wを上部係脱装置D1から解放した状態)が説明されていることが認められる。

(3)  上記認定によれば、本願明細書には、本願に係る水上エレベーター装置の動作について、次のように記載・説明されているものと理解することができる。

本願の水上エレベーター装置は、第1図の状態では、シリンダーFが中部係脱装置D2に係止され、その自重が支持される結果、ピストン部Pのみが重錘Wに引き上げられ、その引き上げ過程において、気密室F1中の空気は大気中に放出され、かつ、リンク装置Aの上枢支部A3、A3が架台Kの下面に当接することにより交差リンクA2は拡開する。同時に、上部シリンダーP1が上昇してピストンP20は、上部シリンダーP1の底面に押し下げられる。このピストン部Pの上昇時に、ピストン棒P7に固着した係脱棒上突起P13が中部係脱装置D2とシリンダーFとの係止を外す。シリンダーFとピストン部Pの総重量は重錘Wよりも大であるように予め設定されているから、浮力を失ったシリンダーFとピストン部Pは一体となって重錘Wを引き上げながら下降を始める。この際、空気路P4は外気から遮断されるから、ピストンP20は大気圧によってシリンダーP1の底面に押し下げられ、交差リンクA2を第2図の形状に保つ。

重錘Wが上死点に達すると、上部係脱装置D1の係止腕杆D16が重錘Wの突起W1を係止し、重錘Wの重量を支える。一方、シリンダーFはストッパーK7に当接して止まり、開閉弁F16の弁頭が架台の斜面K14に当接して空気路P4が大気に連通することにより、上部ピストンP20と上部シリンダーP1の底面とが離れ、その際、重錘Wは係止腕杆D16により支えられているので、ピストン部Pは自重により下降し、ピストン部Pが下死点に至る前に、固定板P10の下部側の水は排除される。同時に、気密室に大気が吸入される。

上部係脱棒の突起P12が上部係脱装置D1のローラーD12に、係脱棒の下部突起P14が下部係脱装置D3のローラーD42に当接することによって、重錘W及びシリンダーFも解放される。

ピストン部Pの下死点において、気密室F1の空気による浮力を受けてシリンダーFの上昇が始まり、ピストン部Pも上昇を始め、同時に重錘Wは下降を開始する。この行程を1サイクルとして繰り返し稼働する。

(4)  ところで、本願の水上エレベーター装置は、基本的には、滑車の一方に重錘を、他方に交差リンク、ピストン部、下部シリンダー等をそれぞれ吊り下げ、その一方の落下のエネルギーを利用して他方を引き上げることにより、両者の上昇・下降を交互に繰り返すというものであるが(浮力発生も詰まるところ、落下のエネルギーを利用するというものである。)、それを実際に稼働させようとすれば、最初の動作に必要な外力は無視するとしても、水の抵抗や構成部材間の摩擦等、水上エレベーター装置全体で発生するエネルギー損失分を補償する必要があること、すなわち、本願の水上エレベーター装置では、装置外からエネルギーの供給を受けないということを前提とするのであるから、少なくとも上記エネルギー損失分に相当するエネルギーを装置自体において発生し続ける必要があることは技術的に明らかである。

しかるに、本願明細書を精査しても、上記エネルギー損失分の補償の点についての明確な記載はなく、装置外からのエネルギーの供給を受けずに、どのようにして上記(3)の動作を得ることができるのかについての合理的な説明を見出すこともできない。

もっとも、本願明細書には、「従ってシリンダーFが下死点位置で気密室F1に空気が保持されている場合、気密室F1の浮力は3m3の空気であるから3tonの浮力が発生することになり、(シリンダーF3ton+ピストン部P3.5ton)-浮力sh3tonであるから、重錘Wが自重により降下してピストン部Pの3.5tonを23m引き上げたとすれば、3.5ton×23=80.5ton mの引上げエネルギーとなり、シリンダーFとピストン部Pの自重降下によって重錘Wを元の位置に戻すエネルギーは92ton mであり、該92ton mからピストンPの自重3.5tonを23m引き上げる際のエネルギー80.5ton mを引けば11.5ton mとなり、前記落差エネルギー38ton m+11.5ton mであるから49.5ton mのエネルギーが得られることとなる。機械的摩擦、空気抵抗、水の粘性抵抗等を考慮しても49.5ton mのエネルギーが全面的に消失することはない。」(11頁16行ないし12頁14行)と記載されているが、上記記載中の数値自体の根拠が曖昧であるうえ、「機械的摩擦、空気抵抗、水の粘性抵抗等を考慮しても49.5ton mのエネルギーが全面的に消失することはない。」とし得る技術的根拠が不明であって、上記記載をもって、本願の水上エレベーター装置が前記エネルギー損失分に相当するエネルギーを発生し得る構成であると認めることは到底できない。

原告は、本願明細書の12頁15行ないし13頁末行には、エネルギー供給が不可欠でない理由が説明されている旨主張するところ、同個所には、「ピストン部Pが降下する条件として、シリンダーFの上端と下端までの各々の長さを水室F2を3m、気密室F1の長さを3m、ダイヤフラム室P11の長さを3m、底面1m四方の立方体として算出すると、シリンダーFの上下方向の長さは全体で9m、シリンダーFの上端から水面までのストロークを20mとすれば、ダイヤフラム室P11は縮んで、水が上部シリンダー室F2にある場合、ダイヤフラム室P11下端の固定板P10下面に受ける水圧は23tonとなり、ピストン部P降下前においてピストン部Pは各々のストローク上死点位置にある時、ピストンP8の上面に受ける水圧は20ton、ダイヤフラム室P11内部に水室F2から連結秤P6を通じて受ける水圧は3tonとして算出すると合計水圧は固定板P10内部底面に水深当り23tonの水圧がかかり、その23tonの水圧に対し500kgはシリンダー内のピストンP8及びピストンP9の摺動部と上部シリンダーP1内のピストンP20と上部シリンダーP1の摺動部の摩擦、シリンダーFと中係脱装置D2と下係脱装置D3の負荷、水の粘性抵抗、重錘Wと上係脱装置D1との負荷等に必要であるからピストン部Pの自重と水圧を合計すると26.5tonとなる。これに対して固定板P10外部底面の水圧が23tonであるからピストンP部は下降する。」と記載されているが、上記数値の算出に合理的な根拠があるとは認め難く、上記記載をもって、エネルギー供給が不可欠でない理由が説明されているものとは認められない。

以上のとおりであるから、平成5年5月10日付け拒絶理由通知や審決で例示的に指摘された、交叉リンクA1と上部シリンダーP1の上昇・下降との関係、水室P11の伸縮機構、シリンダーとピストンを上昇させる手段を含めて、本願明細書には、本願発明の前記目的を達成するための技術的手段が明確に記載されておらず、不明瞭であると認めざるを得ない。

したがって、本願明細書によって、上記拒絶理由で指摘した点が解消されておらず、本願発明の前記目的を達成するための技術的手段が不明瞭であるとした審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

第4図

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例